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恩師の命日 ー御巣鷹鎮魂の日ー

1985年8月12日ー日航機123便に恩師3人が搭乗されていました。
中学高校の英語の先生、社会の先生が二人・・・大変お世話になった先生方でした。

英語の先生は中学高校の6年間、学年の担任の一人として私たちの成長を見守ってくださいました。私にとってもリーダーの担当の先生として5年間、授業を通して英語ばかりではなく女性の先輩としてあらゆることを教えていただいたと思います。英文法の嫌いな私でしたが、私はむしろ先生のリーダーの授業を受けることによって文法知識の重要さを学んだ気がします。文法嫌いで挫折することなく英語を学んでいけたのはこの先生のおかげだと思っています。

社会の先生の一人は中学で公民、高校では地理と政治経済を教えていただきました。中学3年生の時に新任の先生として赴任され、私たちに公民を教えてくださいました。それまで政治や経済にほとんど興味のなかった私でしたが先生の授業を受けてニュースや新聞が少しずつ理解できるようになりました。この先生と最後にお会いしたのは高校を卒業した後の母校の文化祭でした。ご結婚して間がなかった先生に進学した大学の事を聞かれ、「僕の家内も同じ学部だったよ。4年間勉強が大変だけど頑張るんだよ」という言葉をいただいたのですが、大学の卒業を報告に行くことができなかったのが今も心残りです。

もう一人の社会の先生は授業を持っていただくことはなかったのですが、5年間クラブの顧問としてお世話になり、私にとってはとても印象深い先生でした。普段は一週間に2回集まり、自分たちの好きなことを調べたり、おしゃべりをしているという熱心とはいえないクラブでしたが、夏休みには2泊して散策旅行に出かけました。出かける前には下調べをして京都や奈良そして先生が学生時代を過ごした広島へも出かけました。今も京都や奈良にはたびたびでかけますが、訪れるたびに仏教思想や仏像にお詳しかった先生の言葉を思い出します。

それから10年後、阪神淡路大震災の時、坂本九さんの「上を向いて歩こう」がテレビやラジオから流れてきましたが、そのたびにこの日航機事故を思い出し、聞くことが出来ませんでした。2003年になって平井堅さんが「見上げてごらん夜の星を」を歌われている頃になってようやく坂本九さんの声を聞くことが出来るようになりました。この事故で近親者を亡くしたわけではなかったのですが私にとって大変大きな出来事だったと毎年感じています。

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